弘次は弥生の前の皿に目をやり、わずかに眉をひそめた。
「まだほんの数口しか食べてないよ」
弥生は何も答えなかった。
彼女が明らかに自分を拒絶しているのは、弘次にもよく分かっていた。
彼は一度唇を引き結び、何かを思いついたように言った。
「......そうか、きっとシェフの料理が気に入らなかったんだね。大丈夫、飛行機を降りたら、もっと美味しいものを食べに行こう」
そう言って、弘次はすぐに乗務員を呼び、お皿を片づけさせた。
そして今度は、赤ワインが差し出された。
「ちょっと飲むか?」
「......いらない。ありがとう」
弘次はひとりでそのワインをゆっくりと口に運んだ。
飲み終わると、弥生の方をじっと見つめたが、彼女は視線を合わせようとせず、目を閉じて腕を組み、眠っているふりをしていた。
しばらく無言で彼女を見ていたが、弘次はやがて静かにため息をついた。
まあいい。着いたら、ちゃんと大事にすればいい。
そんな複雑な思いを抱えたまま、一行はついにM国に到着した。
M国と日本の間には時差があった。日本ではすでに深夜だったが、こちらはまだ昼間だった。
「まず空港近くのホテルで少し休もう。君たちが目を覚ましたら、それから別荘に案内する」
すべての手配はすでに終わっている。
もし弥生が機内でしっかり休んでくれていたら、そのまま別荘に連れて行くつもりだった。
弥生は座席から動かず、静かに言った。
「......こんなに時間が経っても、まだ考え直せないの?」
「弥生、この決断は何年もかけて出した答えだよ」
弘次は微笑みながら、彼女の腕に手を添えた。
「さあ、行こう。飛行機を降りよう」
だが弥生は動かなかった。
「......弘次、私はずっと、君は友達だと思ってた」
「もちろん」弘次は頷いた。
「これからも君の友達でいられるさ。君にとって、いちばん近しい存在としてね」
その言葉を聞いた瞬間、弥生は彼の手を振り払った。
「......君、狂ってるわ」
振り払われた弘次は、自分の腕を一瞥しただけで怒りの色を見せなかった。
「......今はこの話をやめよう。まずは飛行機を降りて」
「......もし、私が降りなかったら?」
弘次はそっと金縁の眼鏡を押し上げて言った。
「君が疲れて動きたくないなら、僕が抱えて連れて行くよ。力